クイア・プラクティス

ノン・ヘテロの身体障害者。雑文書き。観て読んで考えて書く。それが反応。

【本の花束・番外編】ヘレン・ジェファーソン・レンスキー『オリンピックという名の虚構――政治・教育・ジェンダーの視点から(晃洋書房、2021)』

 最近、コロナ禍でありながら、日本政府が東京五輪を何としてでもやり遂げようとする動きがあって、みなさんは不審に思われないでしょうか。わたし? わたしはとっくに不審を感じていました。

 2013年、都知事がまだ石原慎太郎だったときのことです。東京オリンピック2020の招致が決まった時点ですでに、わたしはオリンピックには反対でした。東京オリンピックは二度目の招致でしたが、「東北大震災の復興のために」というお題目が怪しく響いたので、オリンピックについて独自に調べていました。といっても、これはネット検索すれば簡単にわかることです。

 1984年ロス五輪から、夏季オリンピックの入賞枠が6位までから8位までに拡大されました。開催するために必要な費用は、4本柱(「テレビ放映料」「スポンサー協賛金」「入場料収入」「記念グッズの売り上げ」)を立てて賄いました。かくして最終的にはこの大会は、およそ400億円の黒字で終了かつ成功しその全額がアメリカの青少年のスポーツ新興のために寄付されました。この大会の成功が、その後の五輪に影響を与える商業主義の発端となりました。いわゆる「商業五輪」です。

 1988年ソウル五輪では、長い派手なつけ爪のフローレンス・ジョイナーが颯爽と登場して陸上競技で3冠となりましたが、その10年後、ドーピングしていたジョイナーは心臓発作で亡くなりました。まだ38歳でした

 日本では一昨年くらいから、真夏の熱中症でお年寄りや子どもたちが体調不良となり、その最中に夏季五輪が開催するのはいかがなものかと、多くの人が疑問に思いました。マラソンだけ札幌で開催しようと決めましたが、2021年、テストとしてマラソンの開催や、各地で“聖火”ランナーが出没しました。地元の住民はどれもこれもドン引きします(相模原開催にいたっては「相模原連続殺傷事件」があったからという理由で)。

 新国立競技場の建て替えには問題含みでした。まず、エンブレム問題です。このロゴはベルギーの劇場とひじょうに酷似しており、ロゴをデザインした本人(佐野研二郎氏)よる指摘が入り、結果的に佐野氏の案はボツとなりました。

 整備主体ではザハ・ハディド氏によるデザインが採用されましたが、8万人収容で、完成予定は19年3月、総工費は1300億円程度とされていました。しかし、設計段階で工費が約3500億円まで膨らみ、政府は計画を縮小します。15年7月、工費2520億円とする計画を決定しましたが批判が収まらず安倍晋三首相が白紙撤回を表明しました。経緯を検証した文部科学省の第三者委員会は、難度の高いプロジェクトに求められる適切な組織体制を整備できなかったとして、下村博文文部科学相やJSCの河野一郎理事長(いずれも当時)に責任があると指摘する検証報告書案を公表しました。

 また実際の建設現場では、19年11月末に完成予定の新国立競技場を建設前に発掘調査した際、地中から少なくとも187体分の人骨が見つかっていたことが、都教育委員会への取材で分かりました。一帯は江戸時代に寺の墓地があり、当時埋葬されたものとみられます。都教委などによると、調査は都埋蔵文化財センターが13年年7月~15年8月、競技場と周辺約3万2千平方メートルを対象に実施。乳児から高齢者まで幅広い世代の男女と推定される人骨が見つかったのです。この場所に寺が移転してきた1732年以降に埋葬され、1919年に寺が別の場所に移転する際、取り残されたとみなされるといいます。現在は国立科学博物館で保管されています。

 にもかかわらず、建設は中止にもならず着々と進みます。このグダグダはなに? このごまかしはなに? なんなのいったい? 日本国民は、このあたりまで目をつぶりましたが、コロナ禍が襲ってきて「IOCは覇権的である」ことにはじめて気づいたのです。日本でコロナがいまだ蔓延してるのに、IOCはなぜオリンピックを開催する気でいるのだろうか? 「スポーツ・メガイベントより命のほうが大事なのに!

 1992年、この著者のヘレン・ジェファーソン・レンスキーはオーストラリアのオリンピック招致熱が高まるシドニーの中央ビジネス地区にいました。10年後、バンクーバー/ウィスラーが2010年冬季オリンピックの招致準備をしているとき、彼女はウィスラービレッジで招致委員会の展示を見ていました。模造の聖火が臭くて黒い煙をきれいな山の空気のなかに吐き出していましたこの展示は大会招致で宣伝されている環境基準を満たせていないのではないかという彼女の苦情に対し、担当者は呆れたという態度を向けるだけだった。

オリンピック産業は、表面と実質レトリックと現実のあいだに多くの矛盾を抱え、これらの事例はその一部を捉えたものだ。

1990年、私は夏季オリンピックにおける女性の地位に関するレポートを執筆する契約を結んだ。政治家、市のスタッフ、ビジネス関係者、および1996年のオリンピック招致を準備していた人々からなるトロント市オリンピックのタスクフォースのためである。その時代の多くの「スポーツフェミニスト」や、21世紀の多くの人と同様に、当時の私は、よりラディカルな批評家がいみじくも「女性を追加してかき混ぜる」アプローチと呼ぶ、よりリベラルな分析を行っていた。つまり、男性と女性のオリンピックプログラムの不均衡と、女性アスリートの少なさに焦点を当てていたのだ。私は、これらのイベントが開催都市や国に多くの悪影響を与えるにもかかわらず、スポーツを社会的実践として、あるいはオリンピックをスポーツ・メガイベントとしての観点から批評していなかった。
 トロントの1996年と2008年のオリンピック招致に反対した「サーカスではなくパンを(BNC)」連合のメンバーと私がつながったのも1990年代の初めである。手作りのチラシの上にまとめられたオリンピックの社会的影響についての分析や、1990年の反招致提案書、2001年の住民反招致提案書は、オリンピック・イデオロギーの力や、大会を主催することが恵まれない人々やコミュニティに及ぼす隠れた損害の現実に私の目を開かせることになった。その後、私はBNCや他のカナダとオーストラリアの反オリンピック監視団体の活動に参加し、その経験は私の分析と世界観の両方を変えることになった。

 ヘレン・ジェファーソン・レンスキーとは、トロント大学(カナダ)名誉教授です。1980年代からスポーツとジェンダー研究スポーツとセクシュアリティ研究のパイオニアとして活躍し、トロントが候補都市となった1996年オリンピック大会の分析を通じて、スポーツ・メガイベントの社会への負の影響について研究を始めます。オリンピックの水面下で起こる人権侵害や教育の問題について、フェミニストとして多角的で鋭い批判的研究を行っています。

 

本書は、実際のスポーツ競技と、オリンピックの招致・準備による影響、および地域的、世界的な反オリンピック運動を同じくらい取り扱っている。1980年代以降、開催都市や国に暮らす人々、特にオリンピックが来る前からすでに不安定な生活を強いられている人々が経験した政治、社会、経済、環境への悪影響の広がりが多くの研究によって記録されてきた。過去数十年間に、個々のアスリートによる抗議、アスリートの権利のための世界的なキャンペーン、反オリンピックグループの国際ネットワーク、反人種差別主義者の連合、環境および人権活動家、非政府組織(NGOなどを含むこれまでにないレベルの抵抗が見られた。国際オリンピック委員会IOC)とその統制下にあるスポーツ統治機関は、その指導者たちが人権擁護者や他の批評家との対話を拒否し続けていることで、しかるべくして抵抗運動のターゲットになっている。オリンピック産業の観点からは、「スポーツの特異性と自律性の基本原則を守る」ことが最優先事項である(ASOIF、2019)。言い換えれば、スポーツは自主規制を継続し、国内法および国際法の適用から免除され、このスポーツ・メガイベントに公的資金を投入する開催都市、州、国の政府を含む「政治」から隔離保護されている

 競技場で起こる出来事も同様に注目に値する。この本は、私のこれまでの業績(Lenskyi,2003,2013,2018)の多くと同様に、ジェンダーセクシュアリティエスニシティに基づくアスリートの権利と差別の問題を考察している。スポーツにおけるセクシュアル・ハラスメントと虐待の長期にわたる問題は、ドーピングと女性の出場資格の問題と並んで主要な懸念事項である。オリンピック産業はアスリートの生活と生業をコントロールする力をもつだけでなく、エリートレベルで起こる出来事は、幅広いスポーツと身体活動のすべての参加者に、特に政府の政策と資金調達の優先順位に関する事柄に大きな影響を与える。さらに、ジェンダーセクシュアリティに関連する社会的態度と慣習は、スポーツにおける男らしさと女らしさのメディア表象を通じて具体化され強化されており、あらゆる種類の身体的レクリエーションの参加者すべてに影響を与えるものだ。
 IOCと近代オリンピックはその時代の産物であり、19世紀の植民地主義、人種差別主義そして性差別主義の起源は消え去っていない。20世紀後半から21世紀にかけて、私が総称してオリンピック産業と呼んでいるIOCとそのすべての子会社は、外部の課題に対処し、その「最高権威」を維持することに注力し、より広範な社会的および文化的変化に対しては、限定的な努力しかしてこなかった。これらの変化が本当の改革をなすものなのか、表面的な飾り付けなのかは議論の余地がある。この金を浪費するスペクタクルを主催することへの関心が急速に弱まっている事態に直面し、より多くの招致を引き出そうとする近年の革新的な試みもまた同様である。実際に、21世紀という時代に見合うようにという外部からの強い圧力がなかったなら、IOCが自ら何らかの改革を始めたとは思えない。

 新型コロナ対策分科会の尾身茂会長は、今月8日午前の参院厚生労働委員会で、東京オリンピック(五輪)・パラリンピックをめぐる感染リスクの提言をIOCに伝えることを明らかにしました。「私はIOCに直接のコミュニケーションのチャンネルを持っていません」とした上で、「IOCにも日本の状況を知ってもらって、理解してもらうことが大事。どこに我々の考えを出すか考慮中ですけど、そこの出した人から、IOCにぜひ、我々のメッセージを伝えていただきたい」と語りました。 提言する時期は、これまで通り、「20日前後にオリンピック委員会は重大な決断をすると理解している。それよりも前に」としました。

 オリンピックの感染リスクに関する国会答弁は、菅総理をはじめ丸川珠代五輪相西村康稔経済再生相質問をはぐらかすことに終始する姿を国民がメディアで見ています本当はどんなリスクがあるのか知りたいので、尾身会長にはメディアに出て国民に説明してほしいと思います。

 コロナが蔓延してるのに、なぜ東京五輪2020を中止しないのか、謎は深まるばかりですが、五輪の歴史をみれば、それが容易に理解できることでしょう。

 

1968年のメキシコシティオリンピックは、反オリンピック抗議行動が最も早く行われた大会の一つである。何千人もの学生たちが、政府による都市整備のための浪費や、公的資金社会福祉事業からオリンピック関連事業への流用に反対してデモを行った。トラテロルコ広場での虐殺(トラテロルコ事件。メキシコシティオリンピック開催10日前の1968年10月2日の夜、反政府運動のために集まった学生たちをメキシコ政府が弾圧した)では、軍と準軍事部隊の手によって300人以上の学生が死亡し、200人以上が投獄、拷問され、数千人以上が逮捕、殴打された(Orozco,1998;Paz,1972)。「何があってもやり遂げなければ(the show must go on)」という精神で、国際オリンピック委員会IOC)はオリンピック開催を中止する動議を否決したが、その差はわずか一票だった。メキシコ政府は、過激派と共産主義の扇動者が、おそらくモスクワからの命令でその暴行を開始したと主張していたものの、実際にはメキシコ政府が約360人の狙撃手に学生抗議者の群衆に向けて発砲するように命令していたことが、2003年に極秘ファイルから明らかにされた(Doyle,2003)。それ以来、多くのオリンピック開催都市や国で反対意見への残忍な弾圧が繰り返されたが、抗議する人たちを抑止することはできなかった。
1980年代以降、住居問題支援組織(housing adovocates)、反貧困活動家、先住民、アスリート、環境保護主義者、フェミニスト、反人種差別主義者たちの団体による国際的なネットワークによって、効果的な反オリンピックとオリンピック監視活動は実施されてきた。世界貿易機関(WHO)の会議中にシアトルで行われた1999年の反グローバル化抗議行動は、社会正義のための団体の多様な連携の架け橋となり、バンクーバーリオデジャネイロを含む他の招致都市や開催都市での反オリンピック活動家たちにとって、活動を阻止する上でのモデルとなった。市民ジャーナリズムはこの時期に始まり、シドニー2000では、オリンピック開催都市で最初の独立メディアセンターが運営された

 こうした活動家たちの連携は、オリンピック開催に実際にはどのくらいの費用がかかるのかについての一般市民の意識を高め、また将来の開催地として選ばれた都市においては、オリンピック開催がもたらす最悪な形の社会的、環境的、経済的損害を唱えた。オリンピック産業が広報活動に多額の予算を投じていることを考えると、これは明らかにダビデゴリアテに立ち向かっている状況(「ダビデゴリアテ」とは、旧約聖書の「第一サムエル記」第17章に記されている少年ダビデと巨人ゴリアテの物語を指す。現代では、小さく弱い者が大きく強い相手に立ち向かう状況を指して使われる)だが、ゴリアテが時折大きな敗北を喫している。反オリンピックとオリンピック監視団体は、社会的、経済的、環境的な負の影響を記録し、徹底的に研究した内容を出版物として作成してきた。カナダのトロントとオーストラリアのメルボルンにある「サーカスではなくパンを(BNC)」によって作成された反招致本は、その一例である。2000年以降に登場した活動的で影響力のある団体としては、「NOOOOO・ア・ラ・バルセロナ・オリンピカ(NOOOOO a la Barcelona Olimpica)」、「トリノ2006ノリンピアディ委員会(Turin 2006 Nolimpiadi Committee)」、ヘルシンキの「反オリンピック委員会(Anti-Olympic Committee)」、「ノー・オリンピックス・アムステルダム(No Olympics Amsterdam)」、長野の「オリンピックいらない人たちネットワーク」、シドニーの「反オリンピック同盟(Anti-Olympic Alliance)」がある。

 調査報道ジャーナリスト、特にアンドリュー・ジェニングス(Jennings,1996)、シムソンとジェニングス(Simuson & Jennings,1992)、そして1980年代のIOC収賄の噂を追跡調査した他のジャーナリストらは、オリンピック招致のありかたの倫理性と開催都市や国におけるより大きな社会的・政治的問題を問うという先駆的な仕事をしたベテランのIOCメンバーであるマーク・ホドラーは、「オリンピックの血の掟[オメルタ](マフィアなどの犯罪組織のメンバーが、組織の秘密を守るために沈黙する決まりのこと。沈黙の掟とも言う)を破った」唯一の告発者であり、それについてガーディアン紙のジャーナリストは、賄賂で票を買うことを「オリンピック・ファミリー」界の公然の秘密であるとうまく表現している(Carson,2006)。
リチャード・マンデル(Mandell,1971)の著書『ナチス・オリンピック』は、1936年のベルリンオリンピックの壮観な催し物と儀式化された祭典、そしてそれ以降のすべてのオリンピックに見られる国歌、国旗、得点制度、順位付けされた表彰台、メダル(特に国の総メダル数)といった「競い合う愛国心」との間の連続性を示す研究に新たな方向性を開いた。今日でも人気があり、その大部分は問題にされていないオリンピック神話に対してマンデルは異を唱え、このイベントが「平和的な理想主義」につながると信じることは「ばかげている」と述べた(Mandell.1971,p.263:Kruger & Muray,2003も参照のこと)。古代オリンピックの地で太陽を使って炎を灯す儀式の神話性に焦点を当てた、聖火リレーについてのお決まりの報道では、この起源がナチス・オリンピックにあると取り上げられることは少ない
サイクスの先駆的な2017年の出版物『スポーツ・メガイベントのセクシュアル・ジェンダー・ポリティクス――徘徊する植民地主義』(Sykes,2017)は、2010年のバンクーバー2012年のロンドン2014年のソチオリンピックを含めた、スポーツにおける反植民地主義的な活動の事例研究である。その中でサイクスは、「ゲイとレズビアンのスポーツ活動家が、現在の想定を脱植民地化し、暴力、不正、死に至るグローバルなスポーツシステムからリンク[つながり]を解除すること」を呼びかけている(Sykes,2017,p.2)。
オリンピック産業の関係者が批判的な分析を書いたことはほとんどなく、内部省の学術研究者が鋭い批判を行う可能性も低い。その理由の一つには、組織委員会で働く人が守秘義務契約に署名するよう求められているということがある。[…]さらに、カッセンス・ノールは、「反招致運動が、ツイッターを使ってオリンピックを知るための情報の流れをコントロールした」と不満を述べ、彼女はこれを反招致派の「悪意に満ちたライブツイッターフィード」(特定の条件に当てはまる新しいツイートが現れると常に更新されるリストのこと。タイムラインともいわれる)だと表現している(Kassens-Noor,1694)。潤沢な資金を持つ招致委員会が、大部分をボランティアで運営している反招致運動団体にツイッター戦争で負けたのは、事実に基づいた議論の方が空っぽのオリンピック産業のレトリックよりも説得力があったからだと思われる

 

 ほかにも引用したい文章や段落はありますが、きりがありませんので、意味がわかる程度の抜粋にします。

ロマンティックな理想主義者」「スポーツ福音伝道者(あらゆる社会問題を解決するためにスポーツの可能性を無批判に推進する研究者や実践者たち)」「新植民地の再配置の一形態」「スポーツの中に埋め込まれている偏った思想をもつ、自己制御的なメッセージを受け取り、内在化するために、より容易に組織化」「(2019年6月のIOC総会の際、IOCトーマス・バッハ会長が10ページにも及ぶ自画自賛のスピーチの中で語った)オリンピック・ムーブメントの普遍性、財政的安定性、商業的成功」「もし『クーベルタン男爵が私たちを見ている』なら、スポーツが世界平和に貢献していることを『非常に喜んでいる』はずだ、との見方を示し

そして、つい先日のことですが、JOCの経理部長が飛び込み自殺をしたというニュースが報道されました。覇権的なIOCが、コロナと同時に「権力は空っぽである」ことを露呈しています。

(2021年6月10日)