クイア・プラクティス

ノン・ヘテロの身体障害者。雑文書き。観て読んで考えて書く。それが反応。

おっさんが産婦人科に入院したらこうなる(前編)

もうだいぶ経っているが、だいぶ経っているからこそ、わたくしは初めて全身麻酔した体験のことを書こうと思う。

病名は「子宮内膜増幅症(内膜が異常に増幅して経血が大量にしかも不定期に流出する)」。数年前から「経血の流る、滝の如し」という血まみれの殺人現場に何度も立ち合い、経血に紛れてエイリアン状の立体的な形状を何度も目撃した。「これはおかしいなあ」と薄々思っていた。そこへ知人が「産婦人科行ってみたら?」と助言し、素直に助言に従ってみてから数年経った。

 担当医師は「子宮体がんの一歩手前」であり、それを確認するには掻爬術(中絶手術と同じ)をして子宮内膜を全部掻きだしてからじゃないと確認できない、というものだった。婦人科の定期健診では「卵巣が腫れていますね」と報告していたので、子宮ついでに卵巣も摘出しないと面倒だと思っていた。

ただ卵巣は女性ホルモンを分泌するので、骨粗しょう症とかホットフラッシュとかいわゆる更年期障害が摘出と同時に起こる。若いGIDなら突然更年期障害になると困るのだが、50過ぎのおじさんのようなおばさんは、もうすでに更年期障害を発症しているらしいので(本人はまったく自覚なし)、卵巣の1つや2つ取っても構わない。その代わり大豆製品を代表するイソフラボンは毎日摂取するしかないと術後の対策をきちんと講じていた。

さて、全身麻酔をするにあたっていくつかの注意確認事項がある。要は「麻酔すると〇%の確率で死にます」「とにかく死にます」「後遺症があります」との脅迫のオンパレードだった。

ついでにスモーカーの場合は術後の経過がよろしくないのでこれを機に禁煙しましょう、とA4チラシ1枚を渡されたが、帰宅して速攻でチラシを処分し平然と煙草を吸った。「ふん、“禁煙ブーム”に流されるもんか。喫煙文化はかれこれ数百年も続いてきたのだし、たとえ肺炎やCOPD慢性閉塞性肺疾患)にかかったとしたらそれはスモーカーの運命だ」と覚悟してわたくしは日々喫煙している。

そして入院当日。掻爬術は2泊3日の体験入院のようなものであった。1日目は麻酔の前段階として点滴。見た目は完全におっさんだが、血管が細くて点滴の針を刺すのに数回かかってしまったという乙女っぷりである。所詮メスの身体よ…。

2日目は手術だが、その準備のため朝食・昼食は抜き(胃のなかを空っぽにする)、点滴は術後も続行した。

何といっても、看護師たちのいる職場はわたくしにとってパラダイスであった。傍から見れば、わたくしの鼻の下は若干伸びていたのかもしれない。病院や科にもよるのだが、わたくしが脳梗塞で長期入院したところはまるで野戦病院だった。ナースコールを押しても押してもなかなか来ないのでわたくしの心はささくれ立っていた。一方この病院は患者さんがそれほどいないので、職場環境もゆったりしていた。働く看護師さんたちが余裕でナースジョークをかましていると、接しているわたくしも余裕のよっちゃんで笑いが絶えない。わたくしを担当したベテラン看護師はまさしく一目惚れしそうになった(2nd童貞なので)。全身の毛穴が開き、解放感でいっぱいになる。公立病院なのにリゾート感覚という錯覚が起こった。

また看護師たちの会話が可笑しい。どう見てもベテラン同士なのに「彼女は科イチの若手です(笑)」とか、手術室に移送させられて「私のほうがかよわいです(笑)」「いや実は私のほうがかよわいんですよ(笑)」(患者をまるごとベッドへ移動する力仕事が待っている)

手術室のベッドはふかふかで温かく、チェロかバイオリンのクラシックのBGMがそこにいる者(主に患者)をリラックスさせる。本当にラグジュアリーだった。麻酔中は体温変化に気をつけないといけない。マスクから麻酔薬を入れるが、気がついたらわたくしの名前を呼んでいた。術中のことはまったく記憶がない。当たり前か。とにかく全身麻酔ってとっても気持ち良かった。すっかり熟睡した。夢も見なかった。もしかしたら安楽死ってこんなもんなのではないのだろうか。永遠の眠りについて、自分が死んだことも気づかない。

1日目は私1人であったが(4人部屋である)、術後病室に戻ったら緊急患者がはす向かいのベッドにいた。医師や看護師の話によると、彼女はここの看護師で、尿管結石が破裂して卵巣に入り、身体をねじると卵巣も破裂するという恐ろしい病気であった。わたくしは尿管結石の拡大写真を見たことがある。「これが痛くないわけがない!」というギザギザの形状である。死ぬような病気ではないが、「う~ん、う~ん…」と痛みに耐えている様子であった。がんばれ、尿管結石の看護師さん!

さて今月末、産婦人科の検診がある。わたくしの子宮(卵巣ともに)は温存されるのか、全摘されるのか。乞うご期待。

 

(2020年9月4日)