クイア・プラクティス

ノン・ヘテロの身体障害者。雑文書き。観て読んで考えて書く。それが反応。

おっさんが産婦人科に入院したらこうなる(後編)

さて前回の続き。前回は1泊2日の入院で全身麻酔42分、内膜掻爬術であった。

掻爬術により、次回は「単純子宮全摘術+両側付属器切除術+骨盤リンパ節郭清術(または生検)+傍大動脈リンパ節郭清術(または生検)+大網部分切除術」になる。つまり子宮体癌の初期の初期(類内膜癌G1)であって、その傍の卵巣・卵管も腰部リンパ節も癌が転移(癌病変)しないよう切除しましょう、とのことである。

出血量は500~1000ml、輸血が必要になる。不安はないわけではないが現代医療の技術をある程度信用しているので別に怖くはなかった。でも付き添い人が「手術を受けた人がまったくダメージを受けないわけではない。あなたは障害者であって健常者じゃないから、担当のケアマネさんに言って、退院後のケアサポートを一時的に点数増やしてヘルパーさんが毎日会えるようにしなさい。万が一、今できないことが増えるかもしれないから」と言われて不安になる。そういえば、同年代の友人が同じ手術をして回復まで1か月経ったという報告をFBで読んだことを思い出した。

入院1日目
午後入院、夕食。これから開腹手術の準備をするため、剃毛と浣腸をする。剃毛はバリカンを使用し、へその緒を掃除するのにオリーブオイルを臍に垂らして綿棒でくりくりするがつい笑ってしまい、Nsに「痛くないけど自分の弱点だと思う!」と言う。Nsもつられて笑う。
オデ「…あの~、手術の後、縫合した糸を取るんでしょ?」
Ns「あ~、金属アレルギーのある患者さんは溶ける糸を使うけど、それ以外の患者さんは医療用ホチキスでバチンバチン打って、その後針を抜くわよ?」
オデ「ひえ~っ!」
Ns「でも痛みは毛抜き程度だから大丈夫です♪」
健常者の浣腸はわからないが、私は片麻痺なのでベッドで浣腸してそのまま排便するという屈辱プレイ(もちろんベッドが悲惨にならないように防水シートとシリコン製便器を使った)にせざるをえなかった(でないとトイレに間に合わない)。翌朝も浣腸するが、おそらく腸の中身をなるべく減らして腹圧をかけないようにするんだと思った。で、浣腸はもう慣れてしまった。

入院2日目
午前中に手術室へ。前回は42分だったので気持ち良かったが、今回は4時間30分(術の前後トータル1時間含む)なので、術が終わって覚醒後に全身に震えがきて(シバリングという)、その日はずーっと眠っていた。Nsがときどき体温を計りに来て「38.4度です」と言ったのを記憶している(平熱は36.5度)。それくらい身体が熱くて汗をかいた。酸素マスクをつけたまま眠るが、マスクがうざくて眠れない。眠剤もなかったので浅い眠りを眠る。悪夢というか雑夢をいくつか見たが忘れてしまった。

入院3日目

マスクと導尿カテーテルを外す。栄養と痛み止めは点滴で入れるが、それでも腹が減る。起きて立つが、頭がくらくらしてしばらく立てなかった。最初の食事は5分粥、次は8分粥。ガスと便が出る。

入院4日目

点滴を外してようやく常食。傷の痛みはない。これでトイレに行くのにNsを呼ばなくて済む。持参した本はとっくに読んだ。あまりに暇なのでリハビリ以外することがない。車椅子は痛くないが歩くと痛い。当たり前か。
そして薬が増えた。大建中湯(ダイケンチュウトウ)という漢方である。毎食前2包服用し、なるべく腹圧をかけないよう便がスムーズに出る効果がある。

入院5日目

ドレーン(血液・リンパ液・膿などの廃液を出すチューブ&バッグ)を外してシャワー可能になる。がしかし、立ったままシャワーするのは無理なので、Nsにサポートを頼む。毎食後リハビリ。自宅よりリハビリはかどる。

入院6日目

午後、医療用ホチキスの針を外す。本当に毛抜き程度だった(ほっ)。毎夜、就寝前にNsが眠剤を出すが、私の手に眠剤を置くのがNsにとって面倒だと思ったのか、眠剤を指でつまんで私の口に直接落としていった。ザ・官・能・的(ある意味眠れなかった)。

入院7日目

予定通り退院。今回もパラダイスであった。入院に持参して良かったものは耳栓とアイマスクである。個室じゃない限り、イビキをかく患者は確実にいると思って耳栓を持ったが本当にイビキ患者がいてマジで役に立った。

入院8日目(退院翌日)

リハビリは平常運転だが、今回は麻痺脚の調子がいい。脳梗塞を発症して10年、このまま一人リハビリを継続し、車椅子卒業の夢は現実になるかもしれない。脳が回復するのに時間は関係ない。

傷の痛みはまだ少しある。最初はあくびやくしゃみでも痛くてたまらないが、今はくしゃみをしても平気だ。ときどき笑うと腹が無性に痛くなる。でもそのうち痛くなくなるんだろうな。てかドレーンの痕がほぼ治りかけていてたまに痒いんだが。

誰かが「手術は3回が限度」と言っていたが、身体を切ることと全身麻酔とではちょっと意味が違う。身体の傷は時間が経てば回復するが麻酔はそうはいかない、と思う。

さて、これで強制的閉経は完了した。さらば月経用品。今後はイソフラボンを意識的に摂取しなければ。この1週間、似たような手術をした患者は20代~60代まで数人いた。彼女たちは本当に「女」なのだろうか。子宮あるいは卵巣を失って「自分は女である」とは思えないのではないだろうか。

 

(2020年10月29日)